どうも誤解生んでるかも知れんので自分の思考を順に説明してみる。
長くなるかも。
①レジスタの件についてはゾーニング対象や出版差し止め、作者への嫌がらせなども見られるので、こういう表現規制には絶対に反対。
②表現規制は良くないという意識は男女問わず見られるので、そこまで男女差ないとも思うが、配慮や棲み分けという言葉でどんどん男性向け作品は表現の自由を奪われているのでこれ以上は男性向けが基準を強められるのは不当。
③特にレジスタくらいの描写でゾーニングとかされるともう少年漫画にヒロインとか出せなくなるレベルなので譲歩はありえない。
④現実の被害を助長する、あるいは被害者が連想するという話はフィクションから連想を膨らませすぎなので認知がおかしい。
⑤もし現実の被害を止めたいならば、それは事件が起こっている現場で止めないといけない。フィクションとはなんら関係がない。
⑥レジスタ叩きをしているアカウントと対話したり議論を追ったりしていると、④の主張を曲げないのと⑤の理屈が通じないことが多い。
⑦ゾーニングを表現規制と理解していない層が非常に軽く批判、感想のレベルで③の主張をしてくることも多い。
⑧これは規制推進したい連中が徐々にハードルを下げていって、いろんな作品を燃やしやすく規制できる環境を作ってることが原因の一つ。
⑨今まで譲歩を強いられてきた状況の方が異常なので、「不当な表現規制を許さないこと」「批判、感想のレベルで簡単にゾーニング要求などの規制をさせないこと」このあたりは絶対防衛ライン。
⑩こうして振り返ると過去の炎上でさまざまな譲歩を強いられてきたことが根本的な状況の悪化を生んでいる。その意味でもう事態はポイントオブノーリターンを超えているのだと認識している。
長文ですみません。
でもこれが今回の件でいろいろやりとりして感じている事です。
反論異論はお好きにしてください。全部答えらないかもですが。
実際にこの件で表現規制に走ってるアカウントを追ってみたり、議論したりやってみたわけだが、ポイントオブノーリターンを過ぎているという感覚を味わっている。
そんな明確に男と女で作品への対応が分かれているとも思えないのだが、ゾーニングを含む規制を感情論に寄り添うためにやむなしというのはさすがに譲歩がすぎる。
表現規制とは一度ラインを決めると簡単には押し戻せないものなので、ゾーニング要求にもそう簡単には応じられない。
その前提でわたしは「現実は現実で対処するべき」という立ち位置の発信をしているわけだが、規制要求する側はほぼ悪気なく当たり前のような語り口で要求してくる。
それと被害認知が拡大している層が重なり始めていてかなりまずい状況が伺える。
不当な表現規制を推進させない、そして批判、感想のレベルで簡単に規制論を使わない。これはある程度オタク界隈の常識というか社会の常識にしていかないと今後の言論の自由に関わる。
別にわたしの意見は当初からほぼ変わってないのだが、事態の進行やタイムラインの様子を見ていると規制派の蔓延が進行していてこの辺で食い止めないとまずい位置まできている。