「人文学いらない」への反論として、「その先には生計に役立たないものはいらない→生存に役立たないものはいらない→戦争に役立たないものはいらない」が待っている、というのは、さすがに論理が飛びすぎています。
これは典型的な「滑り坂」型の議論です。滑り坂論法は必ず誤りではありませんが、AからB、BからCへ進む因果関係をそれぞれ示さなければ成立しません。この投稿では、「人文学の価値を認めない」から「戦争に役立たない人間はいらない」までを結ぶ証拠が一つもありません。
しかも途中で「役に立つ」の意味まで変わっています。最初は大学教育や生計上の有用性、次は生命維持への有用性、最後は戦争への有用性です。同じ「役に立つ」という言葉を使っているだけで、評価基準は全部別物です。
人文学の必要性を訴える文章そのものが「人文学は論理を読まなくても大丈夫です」と実演してしまったら、擁護ではなくセルフネガティブキャンペーンです。
「人文学いらない」は「終わりの始まり」の指標だと思うんだよね。よりよく生きるためのものに価値を見出さなくなった段階。
それがエスカレートした先にあるのは、
「生計の役に立たないのはいらない。」
そのうち
「生存の役に立たないのはいらない。」
そして
「戦争の役に立たないのはいらない。」