BAR+Mオーナー 【住所】新宿区歌舞伎町1-2-6三経ビル55【8F】 Barなかざき 【営業時間】 19:00~0:00 【料金】 チャージ:2千円 ワンドリンク:千円

日本 名古屋
おれが考え続けているのは、ひとことで言えばこういうことだ。 外から押しつけられる「正しさ」や「評価」や「物語」に飲まれずに、内側から立ち上がる感覚(自分の軸)で生きたい。 しかも、それを現実の人間関係と生活のなかでちゃんと回す形にしたい。 大事なのは、頭の中で納得することではなく、日々の判断や行動として機能すること。つまり哲学や倫理、美学を「説明」ではなく、「生のOS」にしたい、ということだ。
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確かになんでだろうとか問いを持てるの本当大事だと思う。でもAI間違うこと多いから鵜呑みは怖いから真贋も分かる知識も無いとやばいと思う🤔
「答え」というのは、もうAIに任せておけばよくて、人間は「問い」を見つければいいのだと思う。 「問い」を泉のように溢れさせることーーそれができる人が強い。 これは、じつは、ずっとそうだったのだが、AIが出てきていよいよそれがはっきりしてきた。
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「問い」というのはテーマですね。人生のテーマ。こればかりはAIに決めてもらうわけにはいかない。
「答え」というのは、もうAIに任せておけばよくて、人間は「問い」を見つければいいのだと思う。 「問い」を泉のように溢れさせることーーそれができる人が強い。 これは、じつは、ずっとそうだったのだが、AIが出てきていよいよそれがはっきりしてきた。
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問う力 仮説を立てる力 遊ぶ力 これから必要になってくるのはこういう力じゃないかと思ったりする
「答え」というのは、もうAIに任せておけばよくて、人間は「問い」を見つければいいのだと思う。 「問い」を泉のように溢れさせることーーそれができる人が強い。 これは、じつは、ずっとそうだったのだが、AIが出てきていよいよそれがはっきりしてきた。
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「その場で思いつく最も場を壊す一言」を思いついてしまい、それを言わないように抑えるのに七転八倒する事がたまにあるが、それはスキルの一種だったのか!
河合隼雄と田辺聖子の対話で、印象に残っている箇所がある。 田辺は、思春期のころ、嘘をつきたくなったり、万引きの衝動に駆られたりしたことを率直に語っている。 ただ、万引きは「実行はできなかったですね」と言う。 それに対して河合は、そういう衝動を「自分は持ってるんだ」と体験したことには、大きな意味があると言う。 「ないと思ってるのと、あるけどしないのとはだいぶ違いましてね。」 そして、こう続ける。 「そういうことを感じる力のある人と、また力がないから感じない人もあります。それから、力がないからやってしまう人もありますしね。感じてやらないというところがいちばんええんじゃないかな。」 私たちは普通、「悪いことをしたいと思わない人」を善い人だと考える。 嫉妬も意地悪も残酷さも自分にはない。そのほうが清廉潔白で、人格的にも優れているように見える。 だが、河合は、そう考えない。 いわゆる清廉潔白な人というのは、「悪がない」のではなく、自分のなかに起こっている悪を感じる力がないだけなのではないか。 一方で、その衝動をそのまま実行してしまう悪人もまた、行動に出さないと自分の中の悪を持ち堪えられない弱い人間なのではないか。 感じる。しかし、やらない。 ユング心理学でいう「影」を、自分のものとして引き受けながら、それに自分を明け渡さない。 魂の力が強い人とは、おそらく、自分が清廉潔白ではないことを知っている人なのだ。 より正確に言えば、自分にも悪をなしうる可能性があることを知っている人である。 人を傷つけたい自分もいる。嘘をつきたい自分もいる。誰かの失敗を喜ぶ自分もいる。 それを「私ではない」と追放しない。 しかし、「これが本当の私だ」と実行するわけでもない。 あることを知りながら、やらない。 河合が面白いのは、ここで「悪い衝動を克服する」とは言っていないことである。 消すのでも、乗り越えるのでもない。 まず、それが自分のなかに起こっていることを感じる。 しかも河合は、そのこと自体を「力」と呼んでいる。 悪を感じないことが強さなのではない。 悪を実行できることが強さなのでもない。 自分のなかにそれがあることを十分に感じながら、それでもやらない。 「感じてやらないというところがいちばんええんじゃないかな。」 結局、この何気ない一言に尽きるのだと思う。
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おれは日々、けっきょくのところ、偏愛している対象を愛好して過ごしている。 日記として書いていきます。内容より、身ぶりを見てもらうといいかもしれません。好きなものに耽溺しているだけの人間が、こんなふうに生きているというドキュメンタリー(笑)
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「答え」というのは、もうAIに任せておけばよくて、人間は「問い」を見つければいいのだと思う。 「問い」を泉のように溢れさせることーーそれができる人が強い。 これは、じつは、ずっとそうだったのだが、AIが出てきていよいよそれがはっきりしてきた。
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20代の頃のことだ。喫茶店で、20分くらいで出ようとしたら、営業の先輩に「だめだよ、1時間は居なきゃ」と言われたことがある。 「せっかくコーヒー代を払ったんだから。席料がもったいない」 その言葉が妙に印象に残っている。 飲み終わってもすぐには立たない。本を読むでもいい。話すでもいい。窓の外を見るでもいい。何をするでもなく、もう少し居る。 いつからか、用事が済んだら次へ行くことに慣れすぎた。 食べ終わったら出る。話が済んだら帰る。目的を果たしたら次へ行く。 時間を無駄にしないようにしている。 でも、用事が終わったあとに残る時間にしか生まれないものもある。 話すことがなくなってから始まる話。 読み終えてからぼんやりする時間。 コーヒーが冷めてから窓の外を見る余白。 あの先輩は、「せっかくそこにいるのに、だらだらしないのは、もったいない」と教えてくれたわけだ。
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散歩して一日を潰すなんて無理です、という人は、歩数を記録してみるといい。 一万歩、二万歩と数字が増えていくと、ただぶらぶらしていただけなのに、何か有意義なことをやっているような気持ちになる。 人間は、何もしないことには耐えられなくても、何もしなかったことが数字になると、案外満足できる。 本当は、歩数などどうでもいい。 目的もなく歩いて、知らない道に入って、疲れたら喫茶店に入り、また歩く。それだけで一日を使ってしまう。 そういう時間を楽しめればいいのだけれど、最初はなかなか難しい。 一万五千歩も歩いたのだから、今日は何かした。 そうやって、無為に過ごすことを、徐々に覚えていく。
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20代の頃のことだ。喫茶店で、20分くらいで出ようとしたら、営業の先輩に「だめだよ、1時間は居なきゃ」と言われたことがある。 「せっかくコーヒー代を払ったんだから。席料がもったいない」 その言葉が妙に印象に残っている。 飲み終わってもすぐには立たない。本を読むでもいい。話すでもいい。窓の外を見るでもいい。何をするでもなく、もう少し居る。 いつからか、用事が済んだら次へ行くことに慣れすぎた。 食べ終わったら出る。話が済んだら帰る。目的を果たしたら次へ行く。 時間を無駄にしないようにしている。 でも、用事が終わったあとに残る時間にしか生まれないものもある。 話すことがなくなってから始まる話。 読み終えてからぼんやりする時間。 コーヒーが冷めてから窓の外を見る余白。 あの先輩は、「せっかくそこにいるのに、だらだらしないのは、もったいない」と教えてくれたわけだ。
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個別性を、意味に溶かさずに、ただ偏愛していたい。 その一節、その色、その音、その間、その作品にしかない歪みや手触り。 何かを象徴させたり、時代や思想に回収したりせず、取り替えのきかないものとして、何度も繰り返し味わっていたい。 作品を愛するというのは、意味を読み尽くすことではなく、その個別性に飽きないでいられること、そのような自分の固有性を受け止めつづけることなのである。
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「やりたいこと」とは何だろう。ぼくならこうするのに、わたしならこうするのに、だ。どうするのか何もないのに「こうするのに」と思うあれだ。 テレビでプロ野球を見ながら「わたしならあの球に手を出さないで次のを打つ」とか、ど素人がいってほんとうに打てるようなことだ。 山下澄人『猫が動く、何かはじまる』所収「楽しい以外に何がある」P26
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何かにはまる資質とは、知識の量や感受性の豊かさではなく、感染しやすいか、中毒しやすいか、そしてその結果として生まれた偏愛を生きることに、どれだけ躊躇がないかによって決まる。 感染するとは、作品に触れたことで、自分の見方や振る舞いが変わってしまうことだ。 言葉がうつる。服装がうつる。ものの見方がうつる。 ひとつの映画から音楽へ、音楽から本へ、そこからまた知らない誰かへとその視点が伝染していく。 中毒するとは、同じ場所へ何度でも戻ってしまうことだ。 同じ映画を観る。同じ曲を聴く。同じページを開く。同じ数秒を巻き戻す。 意味以前の感触に、理由も根拠もなく、でもどうしようもなく惹かれ続けてしまう。 偏愛とは、その感染と中毒の痕跡である。 なぜそれが好きなのか。それが本当に優れているのか。もっと見るべきものがあるのではないか。 そんな問いをいったん脇に置いて、自分が感染してしまったもの、中毒してしまったものをそのまま引き受けて生きてみる。
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「問題は譲歩そのものではない。 一方が自分の欲求を関係から消すことで、二人の不一致を処理し続けることである。 これを過剰適応と呼ぶ。」 無料部分から胸に刺さる内容でした。 ・相手のために我慢しがち ・人と会うたびにドッと疲れる ・断ることに罪悪感がある そんな方にオススメです。
上手くいっていたと思ったら、急に別れを切り出された。 これは、相手がその関係に過剰適応してきた結果として起こる。 恋愛は、多かれ少なかれ「相手に合わせて自分を変えていく」という側面をもつが、その「変えていく」ということが、抑圧ベースの過剰適応だと、予後が大変悪くなる。
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私は体が丈夫ではないのでできないこともあったが(例えば電車通勤とか)、なるべくおもしろい方、かっこいい方を選んできて今の人生になった。人が見ると不安定な人生かもしれないが「選べなかった」ではなく「自分で選んだ」と自負しているので毎日充実している。自分軸で生きていくことは大変なこともあるが、やりたいことがたくさんあって飽きることがない。
現実の人生には、退屈も失敗も面倒もある。選ばなかった人生には、それがない。選ばなかった人生は想像にすぎないのだ。 想像上の人生は、いつでも少し美しい。 だから、選択したあとに「正解だったか」を問い続けても答えは出ない。 必要なのは、選んだ道を覚悟を決めて生きていくということでしかない。 だからこそ、「自分で選ぶ」。 自分で選んだことなら、後悔しても、自分で引き受けることができる。 選ばされた、という怨念のなかへと落ちずに済む。
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タイパの結果出来た時間に何するかもしくは何もしないとするか見立てなく、効率だけ努力するからかな?
生産性を高めれば高めるほど、必ず創造性も高まるわけではない。 場合によっては逆である。 予定外のものを徹底的に排除し、無駄な時間をなくし、すべてを効率的に配置した結果、創造が生まれる余白までなくしてしまう。 この逆説は、本書の中心的な問題提起の一つである。
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