1985年よりデジタル・コンテンツを手がける。Enzan-Hoshigumi(演算星組)1985〜90、P-Media 1991〜、STEREO CLUB Tokyo 1996〜I am a studian(勉強家) of the Japan Sterescopy History. 日本ステレオ伝。
SplatStereo | 次世代 AI 3D 空間再構成 1枚の画像からシネマティックな 3D 空間を生成。Apple ML-SHARP テクノロジーに対応した macOS 専用 splatstereo.p-media.jp 人生初のMacアプリ「SplatStereo」をAI任せの「バイブコーディング」で作ってみた結果、私はプログラマーではなく、AIに理不尽な要求を突きつける「口うるさい...
(2026/10/19改訂) 一国の内閣総理大臣が国会の予算委員会で「話を盛る」と、それは居酒屋の愚痴や町内会の笑い話とはまったく別の次元に突入する。笑い話ではなく、安全保障上のホラーになるからだ。 2026年10月16日の参議院予算委員会で、高市早苗首相が披露した「G7オンライン首脳会議欠席」の理由は、現代日本の政治言語がいかに滑稽な自己保身へと退行しているかを示す、ちょっと得難いサンプル...
近代日本の対中占領行政が引き起こした数1000万人の犠牲。それは前線の狂信的な暴走ではなく、ハンコと書類で進められた「官僚制の病理」そのものでした。アヘン密売や強制連行など、暴力をシステマチックに制度化したエリートたちの絶望的なお粗末さを読み解きます。 近代以降、日本が中国大陸において展開した軍事行動と占領統治がいかなる被害をもたらしたのかについて、私たちはその被害の底知れぬ重層性を直視しな...
サッカーというスポーツを長年ぼんやりと眺めて暮らしていると、ごく稀にではあるが、理屈や批評精神のすべてを忘れさせてくれるような清々しい才能に巡り会うことがある。 ドイツの名門バイエルン・ミュンヘンでボールを蹴っている谷川萌々子という弱冠21歳のフットボーラーを見ていると、まさにその種の心地よい幸福感に包まれる。 今シーズンの彼女の働きぶりは、誇張でも贔屓目でもなく、お見事と言うほかない。バイ...
世間では昔から、骨が太いという身体的特徴が無条件に頑丈さやたくましさの証左として肯定的に語られる傾向がある。骨太な体つきなどと評されれば、本人はなんとなく自分が過酷な環境にも耐えうる頑強な生物であるかのような錯覚を抱き、周囲もまたそこに一種の頼もしさを勝手に見出すわけだ。 だが、生体力学や整形外科学の無骨な現実に照らし合わせてみるならば、骨が太い当人にとって、それはさほど手放しで喜べるような...
イニャリトゥ監督・トム・クルーズ主演の映画『ディガー』を論じる本シリーズは、歴史的興行惨敗の背景にある全6層の多重メタ構造を徹底解剖する。劇中劇から劇場の破滅、スター像の解体、興行の自爆、さらには世界中の言論空間や批評家への反攻まで底が抜け続ける仕掛けを分析。安全圏から惨事を消費・批評する観客や批評家自身の共犯性を突きつけ、現代社会と映画メディアの欺瞞を暴く傑作と評価している。 💡...
相次ぐ大規模な情報流出を「AIによるサイバー攻撃」のせいにして済ませる世間の風潮に違和感を覚える。元請けから末端へ至る中抜き構造と、安全性をコストと見なして丸投げを続けた発注元の無責任こそが、張り子の虎のような脆弱なシステムを生み出したのだ。 朝起きて手元の端末を眺めると、見覚えのあるサービスから「不正アクセスによる個人情報流出に関するお詫びとお知らせ」と題された無機質な電子メールが届いてい...
映画『ディガー』を巡る言説は、日米での興行損益やセレブの擁護論争から、メキシコ、欧州、アジアにおける美学・思想的議論へと国境を越えて連鎖しました。虚実を幾重にも解体する本作の受容プロセスを辿ります。 興行的大敗の裏で進行した批評空間の地政学的断絶 2026年10月、世界中の劇場で同時期に公開された映画『ディガー』は、映画産業の歴史において極めて特異な足跡を刻むことになりました。製作と配給を手...
16世紀の大航海時代から約500年にわたって続いてきた「欧米中心の世界システム」は、いまや不可逆的な終焉のプロセスをたどっている。前作『「欧米」という暗黒時代の終焉』では、自由で平等な主権国家の集まりという美しい建前の裏で、金融システム、資源の流通経路、そして国際社会のルールそのものを一部の国が独占し、他者を従属させてきた精緻なネットワークの構造を暴いた。 だが、帝国の支配が終わったあと、世...
日本の著名な映画評論家たちが『ディガー』に示した「心が冷えた」「カチンときた」という強い拒絶反応。YouTube配信での具体的な発言を紐解くと、映画が先回りして批評家の「解説席」を奪い、リベラルな知識人や映画ファン自身の「安全な客席からの消費」を劇中の観客として鏡写しにした構造が見えてくる。評論家の苛立ちこそが、本作のメタ構造の完全な勝利を証明している。 前回の記事(続・『映画ディガー』底が...
前回の記事(『映画ディガー』 メタ×メタ映画の傑作誕生【じじネタ】<ネタバレあり>)では、本作が仕掛けた「劇中劇(第1層)から劇場の舞台裏(第2層)、そして防音扉の外に広がる破滅した現実(第3層)」へと反転していく見事な多重メタ構造(メタ×メタ)について書き留めた。 しかし、シネコンの暗闇を出てから数日が経っても、どうにも思考が止まらない。なぜならこの映画の本当の恐ろしさは、スクリーンの中で...
名優トム・クルーズの怪演と記録的興行惨敗で話題を呼ぶ映画『ディガー』は傑作だ!幾重にも張り巡らされた虚実の多重メタ構造(メタ×メタ)を通じて、巨大資本と政治の密室で繰り広げられる男たちの幼児的なエゴと、安全圏からそれを消費する我々の共犯関係を解体する。 ハリウッドの最高峰に君臨し続けるあのアクションスターが、顔面を分厚い特殊メイクで覆い隠し、白髪混じりの薄毛と突き出た下腹部を抱えた老石油王に...
スピルバーグとタランティーノの作品から透けて見えるのは、正義や人道主義の美名ではなく、他者の土地を奪った入植者が抱く「逆侵略」への怯えである。暴力のカタルシスと加害者の涙で塗り固められたハリウッドの欺瞞。 映画館の暗闇の中で大音響に包まれながら、コーラをすすり、弾け損ねたポップコーンの破片を舌先で転がしている時間は、現代の都市生活者にとってほとんど唯一の無害な避難所であるように思われる。巨大...