やっぱ石毛先生が書いてて草
東洋における食文化史研究してる時って石毛先生の先行研究調べれば大概解決する
あと中村喬先生とか
餃子の歴史研究のために大学院に入った者です!
すばらしい着眼点かつ餃子に興味をもって頂けてうれしいです!🥟
マントウ系列の名称の餃子型食品の伝播は、研究者によって見解に差異があるのですが、現在の中国の饅頭は餡の入っていない蒸しパンのようなもの、韓国のマンドゥは餃子状の食品、日本のまんじゅうはあんこ入りのお菓子、とかなりばらつきがあるのですが、文献上、饅頭に餡が入っていた時代もあれば入っていない時代もあり、さらいには現在でも餡入りの包子を饅頭と呼ぶ地域もあり、非常に伝播磁器や経緯の特定が難しいです。(個人的な仮説はあるのですが、証拠不十分なので省略します)
中央アジアへの名称の伝播に関しては、石毛直道先生の説ですと、マントウがトルコ系商人らによってシルクロード沿いに広まった、とされていますが、トルコ人料理研究者や英米での研究者からは、マントウは中央アジアに存在したカシュガルの学者が11世紀に用いたmamataを語源としており、中央アジアを起点として中国含め東方に伝来したという論考もあります。
個人的には、石臼自体が西アジア、中央アジアから製法と共に伝来したとされているため、後者の説はかなり納得感があります。
「餃子」の名称に関しては、「餃」の字の初出は明代であり、この時は「餃餌」というお菓子として登場していて、「餃児」としては清代になってから記載がみられます。(それ以前の餃子の呼称は「角子」「粉角」など様々でした)
日本へは江戸時代の水戸藩への伝来が初めてのこととされてますが(個人的に別仮設あり)、この時点では「餃子」としては記載されておりません。日本での「餃子」名称の普及は、明治期や大正期に中華料理店で出されていたものの、あまり流行らず、やはり満州からの引き上げ民により広く知られることとなった、という印象です。
そして、あくまで個人的な意見ですが、饅頭がなぜ日本で甘味の「まんじゅう」になったのか、という点については、基本的に、日本は肉を食べない文化なので、中国から伝来した羊の肉の料理を再現しようとしてなぜか餡子を用いて「羊羹」になるなど、餡子で代用しがちなので、その流れの中に「まんじゅう」や「ぶと」(奈良で有名な中国伝来の餃子型のお菓子)が存在していると考えております。(ちゃんと検証できてないので大きな声ではいえませんが)
なんだか長いわりにまとまりなくてすみません。まだまだ掘り下げられる余地のある分野と考えており、餃子の伝播に関心を持っていただきうれしい限りです。
様々な歴史についてお詳しそうなので、もしなにか、発見がございましたら共有して頂けますと泣いて喜びます(陰ながらいつもポストを楽しみにしております)
長文を読んでいただきありがとう餃子いました。餃意見伺えますと幸いです!
【参考文献】
・石毛直道 2011「餃子ロードをさぐる」『vesta(特集:世界の餃子とその仲間)』No. 83,味の素食の文化
センター,pp. 8‒11.
・Servet Kazım Güney 2023 「Foods spreading from Turkish cuisine to the world」 『Journal of multidisciplinary
academic tourism』8(2),pp. 159-169