子供に勉強してほしかったら自分も勉強する。努力してほしかったら自分も努力する。その姿を見せるのが一番説得力のある教育だと私は思ってたんだけど
だから「努力している姿は格好悪い、飄々としている方が格好いい」という価値観はかなり不思議。自分で獲得するために必死になる人間より、誰かが獲得した資源の上で余裕を見せる人間の方が格好いいのか?かなり古典的な有閑階級の美学じゃない?
「飄々」「努力」のワードが入っていること以外、全文言ってないことすぎるんだが…
え、どうしてそうなる?独自解釈すぎてついていけない😵