しかし、教官は、突然、何かを悟ったかのように急に頷き、ニヤリとして僕に、何が起きているかわかるかと僕に質問した。
僕が上昇できなくなったと答えたら、教官は、それは本当か?と聞き返してきた。僕は、計器を指差した。しかし教官はニヤニヤしながら首を横に振った。
そうこうしている間に機体は自機を包んでいた雲の上に抜けた。今思えば上昇していないのに、不思議な事だった。
教官は言った。座学で、計器が誤った表示をする事がある事を習わなかったのか?と。
僕は考え込んだ。頭の中を色々巡った。その時、おやと思った。
もしかして、ピトー管が詰まっている?
僕は半ば当てずっぽうに言った。
教官は首を横に振った。
「ピトー管が詰まるとどうなる?」
「速度計の表示が下がります」
と僕は答えた。今起きているのはそれだけか?と聞かれた。けれど落ちたのは速度計の表示だけではなかった。
教官は「他に考えられることは?」とさらに聞き返してきた。
僕はさらに考えた。残るは静圧孔だった。そこでハッと閃いた。
静圧孔が詰まり、上昇に伴う気圧の低下を検知できず、高度計が同じ高度を維持しているように表示していたのだ。
速度計の低下も同じ原因だった。静圧孔が詰まった事で、外気の圧が相対的に下がり速度計の表示を狂わせていたのだった。
僕は速度計と高度計を見るのをやめ、姿勢計とエンジンの回転数だけ頼りに上昇操作を続けた。
雲を抜けてさらに上昇すると、速度計と高度計もやがて正常な値を示しはじめた。
何がおきていたか?
湿度が高い中、雲の中を上昇していたので、管の中に結露がおきていた。さらに上昇に伴う温度低下で凍結が起きやすい環境だった。なので、静圧孔が詰まってしまった。これで計器の表示が狂ったのだった。仰角を上げる操作をしたので、本当に速度が下がり、上昇率が鈍ることにもなった。原因に気づかずにさらに仰角をあげていたら、どこかで失速していただろう。AF447便が経験した事とほぼ同じだ。違うのは、AF447では詰まったのはピトー管だったが、僕の訓練機では、静圧孔だったということ。
けれど共通項は、計器は時に狂うことがある。しかも、一つの原因で複数の計器が同時に狂う事もあるという事。
447便で操縦室をパニックに陥らせた光景が目に浮かぶ。
矛盾する情報に晒される中でもパイロットは、知恵を絞り状況を正確に推測、把握して最善の対応をしなければならないのだ。
続く
AF447(エールフランス447便)が大西洋上空で墜落した直接の原因はピトー管と呼ばれる速度センサーの故障だったけど、僕は飛行訓練でそれにごく近い現象をたまたま経験したことがあるので書いてみる。
僕の操縦する訓練機は、教官を乗せてロサンゼルス郊外のヴァンナイズ空港を離陸し、東側に向かって上昇中だった。当時は雲が低く湿度も高かった。
計器飛行(IFR)の訓練で、窓の外が見えないようフードを装着していた。
高度4000フィートに差しかり、雲の中に入った。僕は姿勢指示器で機体の仰角を保ち、あらかじめ計画したとおりの経路で速度も維持しながら上昇の操作を続けた。
ところが、あるところで急に上昇率が下がった。エンジンはフルパワー。回転数も正常。なのに高度が上がらない。
高度計の指示は上がらず、VSI(昇降率計)も同じく上昇が止まった事を示していた。しかも速度まで落ち始めた。
予想外の挙動に僕はそわそわしだした。
なんども計器を確かめた。副席に座っていた教官も異変に気がつき、おやという表情をした。
僕は上昇率を稼ごうと機首を上げる操作をした。しかし意に反して上昇率が上がらないどころかむしろ下降しだした。
緊迫感が機内に充満した。
つづく