通勤の行きに一編、寝る前にもう一編。朝と夜に、140字の小さな物語を置いています。恋愛も、ちょっと怖い話も、後味の悪いのも。 長めのが読みたくなったら、noteへどうぞ。 #140字小説

母の遺品の中に、知らない男の写真が1枚あった。 駅のホームで、若い男が笑っている。 裏に、母の字。「1987年3月9日 北汐駅3番ホーム」 父ではない。 母の日記を開いた。 その日のページだけが、根元から切り取られていた。 切り口は、茶色く変わっている。 (つづく) #140字小説
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小学校の前の横断歩道に、毎朝、旗を持ったおじいさんが立っている。 私が通っていた30年前から、ずっとだ。 今朝、娘の手を引いて渡ると、おじいさんが目を細めた。 「あんたの寝ぐせは、娘さんに遺伝したな」 娘の頭を押さえると、てっぺんで1束、跳ねていた。 #140字小説
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5歳の娘が、夜空の点滅を指さした。 「あれ、パパ?」 出張帰りの夫が乗っている時間だった。 「そうかもね」 娘は懐中電灯を持ち出して、空に向けて点けたり消したりした。 見えなくなるまで、ずっと。 夜遅く、帰ってきた夫が言った。 「着陸の前、家のあたりで、小さい光がずっと瞬いてたんだ」
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文化祭の朝、教室の看板が、1文字だけ塗り直されていた。 昨日の帰りぎわ、私がはみ出させた「喫」の字。 すみに、鉛筆で小さく。 「はみ出てたのも、悪くなかったけど」 角ばった、見覚えのある字。 3年間、こっそり盗み見てきた字だ。 #140字小説
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母の留守電を、まだ消せずにいる。 「煮物、冷凍しといたから。帰ったら持っていきなさい」 母の声は、もうそれしか残っていない。 今日、実家の冷凍庫を片づけた。 奥から、タッパーが1つ出てきた。 蓋に、母の字で日付。 開けられなかった。 代わりに、もう一度再生した。 「うん。あったよ」
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初出勤の朝、ネクタイが結べなかった。 父に頼むと、父も首をかしげた。 「……いつも、母さんがやってたからな」 30年、毎朝だったらしい。 台所から母が、ため息まじりに出てきた。 2人のネクタイを、順番にきゅっと締めて言った。 「来年からは、自分でやりなさい。2人とも」 #140字小説
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今日の短編、リポストしてくれた方は無料で読めます。 偶然を信じて待つ人の、ちょっとじれったい恋の話です。
「偶然が3回続いたら、それは運命」 残り1つのモンブランを、隣の知らない人と同時に指さした。 リポストしてくれた方は無料で読めます(通常300円) 【短編小説】偶然が3回続いたら、運命だと思っていた | 夕窓文庫 @yuumado_bunko #note note.com/yuumado_bunko/n/nf2…
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毎朝のバスで、運転手さんは降りる人みんなに「いってらっしゃい」と言う。 1年間、私は一番後ろの席で単語帳をめくってきた。 受験の朝、降りるとき、少しだけ間があった。 「……いってらっしゃい。がんばって」 運転席の横に、小さな合格祈願のお守りが下がっていた。 昨日まで、なかったものだ。
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深夜2時のコンビニで、冷たいお茶を1本レジに置いた。 店員は、私の肩の向こうを見たまま言った。 「お連れさまの分は、温めますか」 私は、1人で来た。 「……いえ」 「そうですか。ずいぶん冷えていらっしゃるので」 振り返れなかった。 うなじに、濡れた髪のようなものが触れていた。 #140字小説
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石見の古い湯治宿で、女将が言った。 「夜中に湯の音がしても、覗かんでくださいね」 夜更け、ぱしゃん、と湯が鳴った。 子どもの笑い声が、まじっていた。 覗かなかった。 朝、戸口に、濡れた小さな足跡。 こちらを向いて、行儀よく並んでいた。 「覗かんかったお客さんには、挨拶していくんです」
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ゴミ出しの朝、隣の部屋の人と、いつも同じ時間になる。 「おはようございます」 「おはようございます」 それだけの、半年。 今朝は寝坊して、20分遅れた。 集積所の前に、彼がまだ立っていた。 ゴミ袋を、提げたまま。 「……今日は、遅かったですね」 #140字小説
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「ブラックでしたよね」 隣の席の彼が、毎朝コーヒーを置いていく。 本当は、砂糖が2つほしい。 言えずに、半年が過ぎた。 カップの横に、角砂糖が2つあった。 「最初の日、顔をしかめてたので」 画面を見たまま、彼が言う。 「いつ言ってくれるか、待ってました」 耳が赤いのは、お互いさまだった。
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祖父から、毎朝7時に「おはよう」のスタンプが届く。 スマホを買ってから、一日も欠かさない。 いつもは、お辞儀する柴犬。 今朝は、踊り狂うクマだった。 押し間違いかと思って電話すると、祖父は照れくさそうに言った。 「今日、面接だろう。今日は、これでいいんだ」 #140字小説
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毎晩10時、知らない番号から電話が鳴る。 出ても、無言。 息づかいと、小さな咳だけ。 10日目、その咳が私の咳だと気づいた。 3年前に解約した、私の番号だった。 あのころの私は、毎晩、誰かに電話をかけては、黙っていた。 私は、3年前の私に言った。 「大丈夫。3年後も、ちゃんと生きてる」
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冷えこんだ朝、珍しく先に起きて、カーテンを開けた。 いつもは、夫の役目だ。 白く曇った窓に、字が浮かんでいた。 「いつもありがとう」 私の字だった。 去年の冬、曇った窓に指で書いて、忘れていた。 指の跡は、曇るたびに浮かぶらしい。 夫は毎朝、これを見てから、カーテンを開けていたのだ。
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引っ越し先の郵便受けに、毎朝、白い紙が入る。 光にかざすと、消した鉛筆の跡が読めた。 「ミキさん まだ そこに いますか」 前の住人の名前だ。 不動産屋は、少し黙って言った。 「前の方は、ある日いなくなったんです。荷物も残したまま」 今朝の紙は、消されていなかった。 「あなたは だれ」
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8時の誰もいないフロアで、私はいつも一番乗りだ。 少しして、彼が来る。 「おはようございます」の一言のために、毎朝、7時半の電車に乗っている。 今朝は電車が遅れて、彼が先に着いていた。 私を見るなり、ほっとした顔で言った。 「よかった。1人だと、早く来る意味がないので」 #140字小説
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引っ越しの朝、空っぽの家で、柱の傷を数えた。 私と弟の背比べ、18年分。 いちばん下に、知らない線が1本。 「コロ 2010」 去年死んだ犬の名前だった。 いつの間に、と聞くと、父は目をそらした。 「あいつだけ測ってないのは、不公平だろ」 #140字小説
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(つづき) 本を開くと、あの日の封筒が挟まっていた。 封は切られていた。 便箋の裏に、鉛筆で1行。右上がりの、彼の字。 「返事は、直接言いたい」 その下に、電話番号。 10年前の番号だ。つながるはずがない。 それでも、押した。 つながった。 名乗ると、少し間があって、 「……遅いよ」
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