エジプト側ではムハンマド・アリー家出身の歴史家ウマル・トゥースーンが『1882年7月11日』にて、砲台の情報を記録していました。
彼によればエジプト側砲台の欠点は、
・砲が露天に据えられ兵員の防護が不十分
・立地の都合で砲台の標高が低く、敵艦に撃ち下ろされる
ことだそうで英側と同様の所感。
オラービーの反乱における、英海軍のアレキサンドリア砲撃では沿岸要塞を正面から砲撃して圧倒してしまっていますし、この時代なら装甲艦と炸裂弾を沢山揃えれば沿岸砲との殴り合いに割と勝ててしまうんですね。
*2枚目は1枚目におけるFort Pharos(現カーイトバーイ要塞)の砲台跡(復元)