第三期兵科予備学生「上山春平」中尉の訓練事故について。
昭和19年12月30日午後3時30分、光基地において「操縦:坪根昌己少尉(海機54期)、同乗:上山春平中尉」の訓練用回天が発進。尾島まわりの訓練に出るが追従する魚雷艇が故障。訓練用回天も目標の島を間違えて燃料が尽きる。翌31日午前3時頃に漁船が浮上漂流中の訓練用回天を発見して通報。岡山至少尉(海兵54期)指揮の救助艇により両名とも救助。脱出した際に訓練用回天は沈没。第一特別基地隊参謀「板倉光馬」少佐(海兵61期)より『兵器を沈めて自分たちが助かるとは何事か』と叱責。
この事故は画像添付の文献等に記載されている。文末に文献情報と該当頁を記載する。
事故については上山中尉本人だけなく、第四期兵科予備学生の「和田稔」中尉、「武田五郎」中尉、「神津直次」中尉ら回天搭乗員の文献にも記載されている。
当時の上山中尉は第六期士官講習員。和田少尉、武田少尉、神津少尉ら第八期士官講習員の指導官であった。
改めて引用先にある『上山は回天魚雷の特攻隊出撃、魚雷故障で漂流中、漁船に救助、九死に一生を得た。』について確認したい。
上記の文章は訓練事故と実戦を混同した明らかな誤りである。
・昭和19年12月30日「操縦:坪根昌己少尉(海機54期)、同乗:上山中尉」の訓練事故。
・昭和20年5月28日「轟隊伊363潜」、回天先任搭乗員としての出撃。
・昭和20年8月8日「多聞隊伊363潜」、回天先任搭乗員としての出撃。
詳細も当事者らの記載と異なっている。上山中尉本人が『目標の島をまちがえて、とんでもない方向に走って燃料を使い果たしてしまった』と書くように航法失敗による燃料切れであって『魚雷故障』ではない。そもそも操縦は坪根昌己少尉(海機54期)で上山中尉は同乗である。『漁船に救助』についても漁船は通報であって救助自体は岡山至少尉(海兵54期)指揮の救助艇が行なっている。
繰り返すが実戦において回天発進後に救助された回天搭乗員は一人もいない。総員戦死である。上山中尉当人の著書や「行動日誌」に実戦における自身の回天発進の記録はない。実戦で回天が故障し漁船に救助された云々もない。
このような訓練と実戦を混同した明らかな誤りが拡散されることなく、回天の史実が定着するよう強く願っています。
・上山春平『上山春平著作集 第三巻 革命と戦争』(株式会社法藏館,1995年,p550~551)。※著書の『山岡至少尉』は誤り『岡山至少尉』が正しい。
・上山春平『上山春平著作集 第十巻 日本文明史序説』(株式会社法藏館,1995年,p622)。
・神津直次『人間魚雷回天』((株)朝日ソノラマ,1995年,p86~89)
・武田五郎『回天特攻学徒隊員の記録 止むにやまれず破った五十年の沈黙』(株式会社光文社,1997年,p123~124)。
・和田稔『わたつみのこえ消えることなく‐回天特攻隊員の手記‐』(株式会社角川書店,1972年,p265)
第三期兵科予備学生『上山春平』中尉の出撃記録について。
上山中尉は轟隊伊363潜、多聞隊伊363潜で出撃しているが共に回天発進はなく帰投している。また同隊共に回天の発進はなく回天搭乗員の戦死者はいない。
『上山は回天魚雷の特攻隊出撃、魚雷故障で漂流中、漁船に救助、九死に一生を得た。』との投稿がある。
これは上山中尉が出撃した「轟隊伊363潜、多聞隊伊363潜の実戦」と「基地での訓練」を混同している。
回天作戦で出撃した回天搭乗員は延べ148名。出撃後の回天発進後に救助された回天搭乗員は1人もいない。
以下『昭和二十年八月二十日 人間魚雷回天出撃記録』(山口県文書館・毛利勝郎収集史料4)より上山中尉に関する記載を抜粋する。
轟隊伊号第三六三潜水艦(p23)
出撃年月日:昭和二十年五月二十八日 帰投年月日:昭和二十年六月二十八日
回天搭乗員:上山春平中尉(京大文)、和田稔少尉(東大法)、小林重幸一飛曹(東機技養※機は京の誤字と思われる)、石橋輝好一飛曹(錦城中)、久保吉輝一飛曹(市岡中)
戦果:〇〇敵ヲ発見発進用意ヲ行ヒタルモ遂ニ機ヲ得ズ帰投ス
多聞隊伊号第三六三潜水艦(p31)
出撃年月日:昭和二十年八月八日 帰投年月日:昭和二十年八月十八日
回天搭乗員:上山春平中尉(京大文)、園田一郎少尉(東大法)、石橋輝好一飛曹(錦城中)、久保吉輝一飛曹(市岡中)、小林重幸一飛曹(東京技術養)
戦果:沖縄東方海面作戦中日本海ニ配備ヲ変更セラレ回航中敵機ノ機銃掃射ヲ受ケ損傷帰投
改めて『上山は回天魚雷の特攻隊出撃、魚雷故障で漂流中、漁船に救助、九死に一生を得た。』の投稿ついて記載する。
上記の文章は「轟隊伊363潜、多聞隊伊363潜の実戦」と「基地での訓練」を混同している。
轟隊伊363潜、多聞隊伊363潜で発進した回天はない。両部隊共に戦死した回天搭乗員もいない。実戦において上山中尉の回天は発進せず伊363潜で帰投している。
このような実戦と訓練を混同した投稿が拡散されることなく、回天の史実が定着するよう強く願っております。